第31話 ハーナルの捜査

「リート!」
 ルイスがリートにおおかぶさった瞬間、再び辺りを強烈な爆風が駆け抜けた。
 ルイスにかばわれたまま、リートは必死になって叫んでいた。
「ルイス! 大丈夫?」
 ルイスがライナスのようになってしまったらと思うとリートは気が気ではなかった。自分のせいでまただれかが死ぬのは耐えられなかった。
 その時ルイスが動いた。起き上がり、服についたふんじんを払いながら淡々と言う。
「大丈夫だ。それより君は自分の心配をしてくれ」
「僕は大丈夫だよ。どこもしてない」
 リートは即座にそう答え、辺りを見回した。
「ヴェルナーとミヒャエルは?」
 リートがそう言うと、すぐ隣で二人が起き上がる気配があった。
「俺は大事ありません」
「わたしも問題ない」
「よかった」
 リートはほっとして立ち上がったが、目の前に広がる光景に言葉を失った。
「聖堂が」
 さっきまでリートが中にいた聖堂は見るも無残な有様だった。建物の外側は無事だったが、中はもうもうと粉塵が立ち込め、負傷者が聖堂から次々と逃げ出してくる。
 ヴェルナーが立ち上がりながらぼやく。
「いったいなんなんですかこれは。聖堂を爆破するなんて正気とは思えません。罰当たりにもほどがありますよ」
「ヴェルナー、それよりも中にいなかったことを喜んだほうがいい。もしいれば四人とも無事ではすまなかった」
 ルイスがそう言ったが、ヴェルナーは納得いかない様子でしゃべり続けた。
「それはそうですけどね、俺たちがいるときに爆発するなんて、悪意があるとしか――」
「ヴェルナー、よせ」
 ルイスが鋭く遮る。
 自分の発言が軽率だったことに気づいたのか、ヴェルナーはそれ以上なにも言わなかった。
 しかし、ヴェルナーの言葉にリートは急に不安になった。
「偶然、だよね?」
「そのはずだ」
 答えたのはミヒャエルだった。
「とりあえず王宮に無事を知らせよう。ルイス、ヴェルナーを借りてもかまわないか」
 ルイスがうなずいたので、ヴェルナーは不承不承進み出た。
 ミヒャエルが懐から紙片を取り出した。
「これをハーナル騎士団のアルフォンスに届けてくれ」
 それを見たルイスが険しい顔になる。
「どういうことだ、ミヒャエル」
 ルイスが厳しい口調でただしたが、ミヒャエルは動じなかった。
「こういうこともあるかと思って用意していただけだ。出先で手紙は書けないからな」
 だとしても、リートは少し用意が良すぎるような気がした。
 彼はなにかが起きるとわかっていたのだろうか?
 その時、リートは人にぶつかられてよろめいた。辺りには騒ぎを聞きつけた人間たちが集まりはじめていた。
 それを見たミヒャエルが、ルイスのほうを振り返る。
「ルイス、先にリートを連れて王宮に戻れ。わたしはこれから仕事をしなければ」
 ルイスはミヒャエルに指図されることに嫌そうな顔をしたが、それが妥当な判断だったのでなにも反論しなかった。
「わかった」
 ミヒャエルがやれやれと嘆息する。
「まったく、仕事を片づけたと思ったらこれだ。どうにもならないな」
 リートは一瞬迷ったが、口を開いた。
「あの、僕もいちゃ駄目かな。少しだけでいいから。ミヒャエルが普段どんなことしてるのか知りたいと思って。少しだけでいいんだ」
 しかし、二人が目を丸くしたままなにも言わないので、リートはうつむいた。
「やっぱり、のんに見学とかしちゃ駄目だよね……」
 ミヒャエルは顎に手を当てて考える仕草をしたが、すぐにおうように笑った。
「わたしはべつにかまわないが」
 そう言ってミヒャエルはルイスのほうを見た。ルイスが瞼を開じる。
「遠慮するなと言ったのはわたしだ。撤回はしない」
「ありがとう、ルイス」
 三人が現場に戻ると、騎士たちが警備のために入り口に立っていた。
 ミヒャエルが言っていた支部で勤務している騎士なのだろう。
 ミヒャエルが記章を見せると、騎士たちが一礼した。
「どんな状況だ?」
「負傷者は全員外に運び出しました」
「そうか」
 そう言ってミヒャエルは階段を上ろうとしたが、騎士が引き止めた。
「お待ちください、まだ危険です」
「大丈夫だ」
「しかし」
 そう言いながら騎士がリートたちに非難がましい視線を向けたが、ミヒャエルが穏やかに笑う。
「少しだけ見逃してくれ。邪魔にならないようにするから」
 ミヒャエルの後ろについてリートたちは聖堂に入った。周りには椅子やガラが散乱し、天井板ががれちている。
 しかし、数歩歩いたところでミヒャエルが立ち止まったので、リートはミヒャエルの背後から前をのぞき込み、息をんだ。
 リートたちが見たタイルで描かれた四芒星は、無残に床ごと抜け落ちていた。
「言うまでもないが、爆心地は地下のようだな。地下にはだれかいたのか?」
 入り口を警備していた騎士にミヒャエルがたずねると、騎士が首を振る。
「だれもいなかったそうです」
「不幸中の幸いだな。残念だが、ここから先は入らないほうがいいな。建物が崩れ落ちる恐れがある」
 リートはうなずいた。
 ミヒャエルが関係者に事情を聞いているあいだ、しばらくリートは中を観察していた。
「ミヒャエル様」
 現れたのは、金髪に濃い青色の瞳をした、どことなく澄ました雰囲気を持つハーナルの騎士だった。
「リート、彼がアルフォンスだ。わたしの補佐をしている」
 ミヒャエルが紹介すると、騎士がリートに礼をした。
「アルフォンス・フォン・ファーレンハイトと申します」
「思ったより速かったな」
 ミヒャエルがそう声をかけると、アルフォンスが首を振る。
「いいえ、遅いくらいです。――あの男が」
 そこでアルフォンスはいったん言葉を切って、顔をしかめた。
「理路整然と事情を話してくれれば、もっと速く来られたのですが」
 あの男とは、どうやらヴェルナーのことを指しているようだと、リートにはすぐにわかった。ヴェルナーが身振り手振りでアルフォンスに説明するところを想像して、リートは少しおかしくなった。
「ヴェルナーはまだハーナルに?」
 ルイスの問いにアルフォンスがうなずく。
「庁舎で事情聴取しています。終わったら来るはずですが」
「王宮の様子はどうだ?」
 ミヒャエルが問うと、アルフォンスが即座に答えた。
「今のところ騒ぎにはなっていません。ミヒャエル様のご提案通り、団長はリート様が近くにいらっしゃったことは、メルヒオル様以外には伏せて発表とするとお決めになりましたから」
 ミヒャエルがうなずく。
「それでいい。どうせ余計な混乱を招くだけだからな」
 ミヒャエルが到着した騎士たちに声をかける。
「始めてくれ」
 ミヒャエルに部下たちがはっと短く答え、すぐさま持ち場に散っていく。
 騎士たちは持ってきた道具を床に広げ、足跡を測り、証拠とおぼしき物体を採取していく。現場保存のためにその場を描画する者もいた。
 まるで映像劇ドラマの一場面のような光景に、リートは目を丸くした。
 ルイスも驚いているところを見ると、彼も初めて見るらしい。
「なんなんだこれは」
「科学的捜査だよ」
「なんだと?」
 ルイスがげんの表情もあらわにミヒャエルを見る。
「おまえたちはいつもこんなことをしているのか」
 ミヒャエルが笑う。
「わたしたちは壊して回るだけのおまえたちとは違うんでね。このあいだの事件もおまえたちが派手にやったせいで証拠を探すのが大変だった。破壊活動は最小限にとどめてほしいものだな」
 ミヒャエルが涼しい顔でそう言い放つと、ルイスが苦い表情になった。
「有事の際にそんな悠長なことを言っている余裕はない。敵は待ってくれないんだ。一瞬ためらえばだれかが死ぬ」
「恐れながら、ルイス様」
 口を挟んだのはアルフォンスだった。
「ミヒャエル様が今の体制を敷いてから、検挙率は格段に向上しました。その結果が認められているからこそ、こうして隊長の座にまで上られているのです」
 アルフォンスの青い瞳が、冷たくルイスを見つめる。
「命知らずで無謀なだけのあなたとは違います」
「アルフォンス、言いすぎだ」
「申し訳ありません」
 アルフォンスは、ミヒャエルにたしなめられるとすぐさま頭を下げたが、まったく失礼だとは思っていない様子だった。
「まあ、とにかくそういうことだ。アル、ここは任せる。わたしは団長に報告に行かなければ」
「承知しました」
 アルフォンスは一礼すると、同僚のところに戻っていった。
「リート」
 ルイスに促され、リートはうなずいた。そろそろ帰らなければ彼らの仕事の邪魔になる。
 馬車に戻りながら、最初に口を開いたのはヴェルナーだった。
「いけ好かない奴らですねぇ、ハーナルの奴ら。こっちはいつも命懸けだっていうのに、馬鹿にしてますよ。ね、ルイス様」
 しかしルイスは聞いていなかった。
「どうしたんだ、リート」
「ちょっと考えてたんだ。どうして大聖堂を爆破する必要があるのかなって」
「そりゃ、リヒトや教会が嫌いなんでしょう。それか、自己顕示欲の強い目立ちたがり屋とか。教会の警備はどこも手薄ですからね」
 そうあっさり言うヴェルナーにリートは驚いた。
「リヒトを嫌ってる人ってそんなにいるの?」
「まあ、ごく少数ですけどね。ハインリヒが宰相になってからは、信仰心が薄れてきたって神聖派はいつも嘆いてるし、実際にそういう人間が増えているのかもしれません。その人たちにとっては、リヒトを信じるより攻撃するほうが心が安らぐんじゃないですか」
「だれかを傷つけて得られる安らぎなど一時的なものだ。それにその代償は高くつく」
 ルイスが静かに言うと、ヴェルナーが肩を竦めた。
「結局、なにかのせいにしても仕方ないんですよね」
「でも、だれが爆破したんだろう。火薬ってこの世界ではすぐ手に入るの?」
 リートがそう訊ねると、ヴェルナーがとんでもないとばかりに首を振った。
「その辺の市場に売ってるはずがないでしょう。軍では一時期そういう部署があって研究もされていましたけど、扱いづらいし、実戦では使えないから死蔵されているはずです。売れないから取り扱ってる商人もほとんどいない。それに研究自体、神聖派がいい顔をしなくて――」
「ヴェルナー、それくらいに」
「なら、だれかが改良に成功したってこと?」
 リートがそう言うと、二人は驚いたように一瞬顔を見合わせた。
 ルイスがヴェルナーを軽く睨むと、ヴェルナーはその視線を避けるようにさあ、そろそろ帰りましょうと言葉少なにリートをそそくさと馬車に押し込んだ。
 馬車に揺られながら、リートは次々浮かんでくる疑問で頭が一杯になっていた。爆発に巻き込まれて死んでいたかもしれないという恐怖は、とっくの昔に頭から消え去っていた。
 我慢しきれず、リートは思いつくままルイスに話していた。
「ねえルイス、もしだれかが火薬兵器の改良に成功したんだとしたら、目的はなんだと思う? もしかして実験してみたかったのかな。どれくらいの威力があるのか」
 ルイスは答えなかった。彼があまりに深刻な顔をしていたので、リートは口を閉じざるを得なかった。
「……どうしたの?」
 ルイスが小さくため息をつく。
「君はこういうことに興味があるんだろうが、わたし個人としては、あまりこの件に関わってほしくない。狙われたのは君かもしれないんだ」
 リートはその可能性を忘れていたことに気づいた。
「ご、ごめん……」
 それにこれはれっきとした犯罪事件なのだ。
 あれだけたくさんの負傷者がいたのに、自分は好奇心のままに、興味本位で事件に関わっていた。犯罪事件を娯楽扱いするなんて、自分のいた国にいる人間と変わらない。自分の言葉はあまりに軽々しかった。
「犯人を捕まえるのはハーナルの仕事だ。君が考えるべきは、自分のことだ」
 そう言ってリートを見るルイスの瞳は、まるでさざ波一つ立たない、澄み切った泉の水面のようだった。
「……うん」
 その瞳に映った自分を見つめながら、リートは考え込んだ。
 自分のことを考える。それはいったいどういうことなのだろう。
 リートたちが宮殿に戻ると、エミリアがすぐに出迎えてくれた。
「お帰りなさい。街で爆発騒ぎがあったと聞いたから、みんな心配していたのよ」
 リートは安心させるようにエミリアに笑いかけた。
「大丈夫だよ。そのせいでミヒャエルは仕事が増えてしまったけど」
「明日は休日出勤だ」
 そう言いながら現れたのはミヒャエルだった。
「もう終わったの?」
 リートは驚いてミヒャエルを見た。こちらに戻ってきてからまだ数十分しかっていない。
 ミヒャエルが苦笑いを浮かべた。
「ああ。なにもわかっていないうちから来るなと追い返された」
 リートは目をまたたかせた。ミヒャエルをそんなふうに扱う人物がいることが、リートには意外だった。
 ハーナル騎士団の団長は、ミヒャエルをばってきするあたり、有能な人間であることは間違いなさそうだが、部下には優しくないようだ。
「それは同情するわ。ハーナルの庁舎にお菓子でも差し入れましょうか?」
 エミリアが冗談交じりに言うと、ミヒャエルが笑みを返した。
「それはみんな喜ぶだろうな」
 二人の会話で、リートは懐にある包みの存在をすっかり忘れていたことに今気づいて、慌てて取り出した。
「ミリィ様。これ、約束してたおみやげ」
 リートはそう言いながら、手にした包みをエミリアに渡した。
 中身は焼き菓子だ。
 市街地を散策していたときに見つけて買っておいたものだった。
「最近できた店なんだって」
「ありがとう。大事に食べるわね」
 嬉しそうなエミリアを見て、リートは自分もうれしくなるのを感じた。
 こんな気持ちになるのは久しぶりだった。人と距離を置くようになってからは、だれかに物を贈ることは久しくしていなかった。
 つき合いのある頃はそれでもしていたが、だんだん義務のように感じられて苦痛でしかなくなっていたのだ。
「エミリア」
 隣にいたミヒャエルが横からすっと小さな箱を差し出した。
「これはわたしからだ。婚約者殿に」
 受け取りながら、エミリアが少し驚いた表情で、探るようにミヒャエルを見た。
「開けていい?」
「もちろん」
 エミリアが箱のふたを開けると、中に収まっていたのは薔薇ばらつぼみを模した銀色の耳飾りだった。
「とっても素敵。ありがとう」
「気に入ってくれたならよかった」
 箱を手に持ったまま、エミリアがいたずらっぽい表情を浮かべてルイスのほうを見た。
「あなたからはないの、ルイス」
「ない」
 そっけなく答えるルイスに、エミリアが笑って肩を竦める。
「冗談よ。でもあなたとは長いつき合いなのに、なにも贈り合ったことがないわね」
 リートは驚いてルイスとエミリアを見た。
「一度も?」
「ええ、一度も。まだ子どもの頃、誕生日の贈りものをあげようとしたけど拒否されたの」
 ルイスがきっぱりとした口調で言う。
「臣下であるわたしが、君からなにかを受け取ることはできない。それに、リヒトの教義でも物を贈り合うことで関係を構築することは良しとされていない」
 しばしの沈黙のあと、ミヒャエルがおもむろにため息をついてから言った。
「それでよく婚約できたな」
 そのあとはいつものとおりだった。どういう意味だと問い詰めるルイスをミヒャエルが笑顔を浮かべてかわし、エミリアが横から茶々を入れてまたルイスが怒る。
 今日あった陰惨な出来事を忘れて、リートは束の間、にぎやかな光景を笑って眺めていた。