(……で、また軟禁状態か)
初めてこちらに連れてこられたときと同じように、シュンは寝台を出現させてその上に寝転がっていた。
(これからどうなるんだろ、俺)
あの案は、神話の本を読んだときに知ったのだが、まさか自分が提案する側になるとは思わなかった。
映画なら、悪い敵を倒してヒロインを救い、自分が偉い地位に就いてめでたしめでたしだったりするのだろうが、現実に無理を言っているのは自分のほうなのだ。
(大丈夫だよ。なんとかなる)
シュンはそう自分に言い聞かせた。断られても折れるつもりはなかった。
でもそれは、記憶を失いたくないからではなく、メグのためだった。すべて忘れてしまった自分とまた一からやり直すなんて、そんな悲しい思いはさせたくなかった。
なんとか話し合いで解決しなければ。
でも、そうならなかったら?
(駆け落ちはちょっとな……)
小説を読むかぎり両親も駆け落ちのようだったが、同じことは繰り返したくない。
負の連鎖は自分の代で終わらせる。必ず。
そう思っていたとき、ノックの音が響いてシュンは寝台から起きあがった。
目の前には、空中に浮かんだ扉があった。
「どうぞ」
シュンが言うと、扉が開いた。
「……メグ」
扉から姿を現したメグが、シュンに微笑みかけた。
「……来ちゃった」
シュンは思わず笑みを返していた。
「ここのセキュリティは進化してないね?」
「言ったでしょう? わたしに入れない場所はないのよ、瞬。と言いたいところだけど、今回は入る許可を取ったの。もし許されなかったら、あなたは向こうにいたことを忘れなきゃいけないから、その前に会いたいって」
「そうなったら、俺は博愛主義者で無性愛者になるの? ジーンみたいに?」
「どうかしら。成人してから記憶を消した例はないからわからないけど」
「大丈夫だよ。そんなことにはならない」
シュンがそう言うと、メグが首を傾げた。
「どうしてそう言えるの?」
「みんな、君のせいで繰り返すのはもう懲り懲りだと思ってるから」
シュンが笑って言うと、メグがむっとした顔で、軽くシュンの胸を押した。
「半分以上はあなたのせいでしょ」
メグはシュンに身体を寄せ、胸に頬を当てた。
「……あなたが独りになろうとするのが悪いの」
「ごめん」
シュンはメグの背中に腕を回しながら言った。
なぜいつも自分は、独りになろうとしていたのだろう。傷つくことを避けようとして、いつも自分を傷つけることばかりしていた。そのことに、長いあいだ気づかなかった。
「……あ」
「なに?」
「一か所だけあったな、と思って。君でも入れない場所」
「それってどこ?」
「……君の中」
シュンがそう言うと、メグの唇があでやかに弧を描いた。
「入れてあげるわ。あなたならいつでも」
「雨が降っていなくても?」
出会った日のことを思い出して、シュンはそう言った。
「それはだめ」
メグが口元を上げ、シュンのほうに身を乗りだした。彼女の人差し指の先がシュンの唇に触れる。
「いっぱい降らせてくれないと――ここで」
シュンは考えるより先に、メグに口づけていた。
ただこの気持ちを伝えたかった。
メグのすべてを感じて、自分だけのものにしたかった。
だれの許しも必要ない。
必要なのは、彼女の同意だけだ。
「メグ――」
「最後までしてくれる?」
「するよ。ちゃんと」
シュンが言うと、メグが嬉しそうに微笑んだ。
「よかった」
「怖い?」
シュンがメグを抱き寄せながら訊ねると、メグが腕の中で首を振った。
「ぜんぜん。だってわたし、そのためにずっとあなたに会っていたんだから」
シュンの胸に凭れ、メグが囁くように言う。
「……あなたと愛し合うために」
「俺はずっと怖かったよ」
シュンがそう言うと、メグが不思議そうな顔になった。
「どうして?」
シュンは考えを巡らせた。
自分は今までなにを怖がっていたんだろう。
「……君と関わること。君を好きになって、自分が変わっていくこと。君から奪うだけで、なにもあげられないこと」
「前にも言ったけど、あなたはわたしにいろいろなものをくれたわ」
「うん。わかるよ」
それは自分がお金で買って贈った物のことじゃない。
ずっと、そのことに気づかなかった。気づこうとしていなかった。
彼女はこんな自分にいろいろなものを与えてくれようとしたのに、ずっと受け取ることを拒絶していた。でも今は違う。
彼女に自分のすべてをあげたい。そう思える。
「あ、でも避妊具がない……」
「あれは?」
メグの視線を追ってシュンも同じ方向を見ると、ベッドサイドテーブルの上に、避妊具のパッケージが載っていた。
普段自分が使っているのとまったく同じものだ。
「この部屋がなんでも出せるってこと、忘れてた」
それはご都合主義? 違う。自分が望んだからここにあるのだ。もしくは彼女が。
メグを後ろ向きに立たせて、シュンがファスナーを下ろすと、メグはワンピースを脱いで床に落とし、こちらを向いた。
ブラジャーを外し、ショーツを脱がせるあいだも、彼女はなにも言わずにシュンの動きを見つめていた。
裸になった彼女は完璧で、どこにも欠けたところなんてないように思えた。どうして今まで、彼女を抱きたいと考えることが悪いことだと決めつけていたのかわからなかった。メグにそっと口づけると、メグがすぐに口を開いてシュンの舌を迎え入れた。
口づけを深めながら、胸の先端に触れないようにじらしながら周りを触ると、メグが喘ぎ、落ち着かなげに身体をくねらせた。
「瞬……」
シュンが先端を口に含んでそっと舌で転がすと、メグが切ない声をあげて背中を逸らし、ぎゅっとシュンのシャツを掴む。
脚のあいだに手を入れ、中心がじゅうぶん濡れているのを確かめてから、シュンはメグの前にかがみ込み、躊躇なくそこに舌を這わせた。
「あ、瞬……」
逃げそうになるメグの腰を掴み、シュンは舌で愛撫を続けた。
彼女を感じさせるためなら、なんでもしたかった。
彼女がまだ経験していないことをすべて教えたい。快感を味わわせたい。
メグが立っていられずに膝から崩れ落ち、息を弾ませた。
メグの身体を抱えて寝台に下ろすと、メグが掴んでいたシャツの袖を引っ張った。
「瞬も脱いで」
「うん」
シュンが服を脱ぐところを、メグはじっと見つめていた。
「触りたい?」
「いいの?」
「うん。触って」
彼女がおずおずと昂りに手を伸ばし、そっと握ると、その上から自分の手を重ねて上下に動かした。
これ以上触られると、すぐに達してしまいそうだった。
自分ばかり楽しむわけにはいかない。彼女は初めてなのに。
手を離し、彼女を後ろから抱き抱えるようにして支え、脚のあいだに身体を挟みこむ。秘められた部分を指で貫き、親指で感じやすい部分を愛撫し続けると、メグが身をよじり、切迫した声をあげた。
「瞬、もう来て……お願い」
そう言われたとき、瞬はあの夢を唐突に思い出した。
彼女が脚を広げて自分を迎え入れる夢。
もうすぐあの夢が現実になる。
シュンは避妊具をつけた先端をメグの入り口にあてがい、少しずつ中に入った。
「痛くない?」
「大丈夫」
あの空間に割って入るときもなかなか大変だったが、これはそれ以上かもしれない。
だれも入ったことがない場所。自分だけが入ることを許される場所。
ようやくすべてが中に収まって、シュンは息をついた。
メグが頷き、シュンの腰に脚を回す。それを合図にシュンは動きだしていた。
本当に彼女はきれいだ。紅潮した頬も、悩ましげにひそめられた眉も、少し開いた唇も。別れる前は、いつも彼女を一方的に犯して喘がせたいという欲求に駆られていたが、今はそんな気持ちはどこかに消えていた。
ただ、この行為を通して彼女にすべてをあげたかった。そんなふうに思ったことは今まで一度もなかった。求められるままに、機械的にしているだけだった。
あと少しで達するいうときに、メグが泣いているのに気づいて、シュンは動くのをやめた。
「どこか痛い?」
「ううん、大丈夫。続けて」
「でも……」
「大丈夫だから。お願い」
「わかった」
シュンはまた動きはじめた。
最後に深く彼女の中に突き上げると、目の眩むような快感が駆け抜け、シュンは瞼を閉じて、彼女の名前を呼んだ。
肩で息をしながら、シュンはしばらく中にとどまっていた。
避妊具を片づけてから、メグの隣に寝転ぶと、メグが胸を寄せてきた。
「よかった?」
「うん。すごく」
彼女が泣いてしまったのは想定外だったけれど。
「わたしもよかった」
メグの身体を後ろから抱きしめながら、シュンは囁いた。
「俺が寝てるあいだに記憶を消して向こうに帰らせるとか、やめてよ」
シュンの腕の中で、メグの身体が強張った気がした。
「……一度すると、相手の考えまで読めるようになるの?」
「そんな特殊能力はないけど……俺だって少しは進化してるんだよ、メグ。そういうのって、君らしくないと思うけど」
自分はたぶん、彼女の遠慮のなさとか、自分の欲求に素直なところが好きなのに。
メグが身体をひねってシュンのほうを見た。
彼女の手がシュンの頬に伸び、そっと触れる。
「でも嬉しかったから。ここまで来てくれただけで。別れるつもりはないって言ってくれただけで」
メグの手が離れる前に、シュンは彼女の手の上に自分の手に重ねた。
「それは違うよ。俺がそれだけしか君に望めなくしたんだ。本当は、もっといろいろなことができたのに」
メグには、ずっと我慢させてばかりだった。
彼女はいつも自由に振る舞っていたが、自分にしてほしいことはなにも言わなかった。
そうさせてしまったのは、ほかでもない自分だ。
シュンは真剣な顔でメグを見つめた。
「だから言ってよ。これからは、些細なことでもなんでも」
「じゃあ今日は泊まっていい?」
「そうしてくれないと俺が困る」
「それと、一緒にお風呂に入りたい」
「いいよ」
「それから、朝起きたらもう一度して、一緒に朝ご飯を食べるの。それからあなたの話を聞かせて。どんなことでもいいから。それから――」
メグの顔がくしゃりと歪む。
「一度できればそれでいいと思ってた。でも、やっぱりあなたとずっと一緒にいたい……」
「いるよ、ずっと」
メグを強く抱きしめながら、シュンはそう言った。
「……君の望みは俺が叶える」
それこそが自分の望みなのだと、今なら思える。
たとえこの先どんな結末が待っていても、後悔しない。
彼女と一緒にいる。その目的を果たすために、生きることができるなら。
