「君はこっちでなにをしてるんだ?」
「建物のデザインをしてるの。自分で考えることもあるし、だれかが設計したものをわたしが力を使って具現化することもあるわ。わたしは細かいことに力を使うのが苦手で、大きいものしか作れないから」
そこでメグが両腕を広げ、ちょっと得意げな顔になった。
「この公園はわたしが考えたのよ」
「これを?」
「ええ。楽しかったわ。実際に形にするのは、造園や土木をやってる人だけど。その人たちとも相談しながら造るの」
そう笑顔で語るメグを見ながら、シュンは羨ましいと思うと同時に劣等感を覚えた。
自分とそう歳の変わらない女性が、もうこんな仕事を任される立場にいるなんて。
「あなたはなにをしてるの?」
「……ゲームソフトを作る仕事」
シュンは小さな声で言った。
彼女のことを聞いたあとでは、ものすごく答えづらかった。
「ゲームソフトってなに?」
「コンピュータで読み込ませて遊ぶ……」
「コンピュータってなに?」
力を使えるのだから当然と言えば当然だが、この世界には、コンピュータの類は存在しないらしい。ということは、ソフトウェアという概念も存在しないのだろう。
シュンのいる国でも、ソフトウェアがなにかを説明できない人間はとても多かった。
「えーと、機械の画面の中に別の世界を作って、その画面を見ながら操作して遊ぶんだ」
「ふうん。それで前に会ったときはそういう話をしてたのね」
「うん……」
話題を変えたくて、シュンはまた口を開いた。
「こっちに招待する人間はどうやって選ぶの?」
「わたしも詳しくは知らないけど、アイオーンがすべて決めているそうよ。宣託を受ける巫女がいて、その人の頭の中に顔が浮かんでくるんですって。そのときに住んでいる場所もわかるから、すぐに見つけ出せるの」
「試験とか診断とかで判断しなくてもいいの?」
「ええ。わざわざ証明しなくても、アイオーンはすべてわかっているから」
メグはそう答えると、立ちあがって敷物の上に立った。
「この世界は純度の高い気で満ちているから、あなたも力を使えるようになるわ。それに、ここのものも食べたし」
「俺が? それだけで?」
「嘘だと思うなら、なにかやってみて」
「なにかって言われても……」
シュンは、とりあえず机の上に置いてある水差しを動かそうと見つめてみたが、水差しは中に入っている水も含めて、びくともしなかった。
「……なにも起きないけど」
「それはあなたにやる気がないからよ。確かに液体が入っている物を動かすのはちょっと難しいけど……やるなら本気でやらないと、なにも起きないわ」
「本気って……そんなこと言われても」
一応、真面目にやっているつもりなのだが。
メグがまっすぐにシュンを見つめる。
「信じるの。自分が力を使えるって」
「信じる……?」
そう口に出してはみたものの、シュンはすぐにうつむいた。
「……俺には無理だよ」
昔からなにをやっても、たいしてうまくできないのが自分なのに。
そのせいでいつもシュンは劣等感を味わわされてきた。学校で同級生たちが簡単にできることが、シュンにはいつもできなかった。勉強もスポーツも、対人関係を築くことも。習得するためには人並み以上に努力しなければならなかったし、必死に努力してやっと追いついたと思ったら、ほかの人間たちはもう別のことに取り組んでいる。それで自信など持ちようがなかった。
だから勝ち目のない競争をするのはやめて、得意なことをしようと思った。学校の成績はたいして良くなかったが、シュンは昔からコンピュータや情報機器の操作は得意だった。学校の授業で使うだけでは満足できず、デスクトップ型のパソコンを母に頼み込んで買ってもらい、暇さえあれば弄っていた。専門学校での成績もそれなりによかったし、これならこの道に進んでも大丈夫だと思っていた。
けれど授業でプログラミングを学んでも、いざ自分でオリジナルのゲームを作る段階になったとき、シュンの頭にはなにも思い浮かばなかった。課題に悩んでいるシュンを尻目に、自分より成績が悪かったはずの同級生たちは、自分が好きだと思うものを自由に作っていた。彼らの頭の中には、作りたいものが明確にあるようだった。
自分には才能がないのかもしれない。この時初めてシュンはそう思った。
就職活動が難航したのも同じような理由だった。
就職しても、やりたいことがなにもない。
頭にあるのは、定時に帰れるかとか、残業はどれくらいしなければならないかとか、年間休日は何日かとか、そんなことばかりだった。
まったく新しいゲームを作りたい。そう思うようになったのは、仕事に慣れて、自分のやっていることに虚しさを感じるようになってからだった。
「瞬……」
メグが黙ってしまったシュンの肩に手を置こうとしたとき、二人の前に突然風が巻き起こった。
「メグ!」
現れたのは、険しい顔をしたジーンだった。
メグがにこやかに微笑む。
「遅かったのね、ジーン」
「君の作った仕掛けを破るのに手こずったんだ」
「どうだった? わたしの作った仕掛け」
ジーンがため息交じりに言う。
「君の勝ちだ。どんな方法を使っても出られないから部屋ごと壊した」
「あら、そんな大掛かりなことをしなくても、ここから出たいと思うだけで壁を通り抜けられたのに」
メグの言葉に、ジーンは一瞬目を瞠り、それから降参したような笑みを向けた。
「……君らしいな」
「なにかあったの?」
「無断で彼を連れださないでくれと言いにきたんだ。彼が部屋から出るときは届け出を」
「そんなことしなくたって、ずっと管理者のだれかが見張っているんでしょう?」
メグは呆れた顔で言ったが、ジーンは真剣な表情を崩さなかった。
「メグ、この男は向こうの世界の住人なんだ。ここにいる人間と接触するだけで良くも悪くも影響を及ぼしてしまう。それに、向こうの世界の人間がここにいると知れたら大騒ぎになる」
「それで俺を排斥するわけ?」
シュンはむっとして会話に割って入った。
会話を遮られたのが嫌だったのか、ジーンがあからさまに不機嫌な表情になる。
「ここに住む人間以外には、自由・平等・博愛の原則は適用されない」
「へえ、ならあんたもうちの世界にいる人間と一緒だな」
内心どきどきしながら、シュンはそう強気に言い返した。
「そんなの自由でも平等でも博愛でもない。ここには差別がないって言ってたけど、結局それは同じような価値観の人間が集まってるからないってだけの話だろ。価値観が違う人間同士が共存できないなら、それは差別がないということにはならないと思うけど」
「わたしたちは私利私欲のために、仲間内で争うことはない。おまえたちはわたしたちを排除するだけでは飽き足らず、まだ仲間内で差別を続けている。先にわたしたちを排除したのはおまえたちだ。わたしたちじゃない」
「それには同意するけど、今は俺とあんたの話をしてるんだ。話をすり替えるなよ。俺個人を見てないのに、向こうの世界の人間だって理由だけで監視するのはおかしいだろ。だいたい、あの時は言い負かされたけど、俺の世界にいる人間がひどいことと、俺を拉致していいかどうかはまったく別の話だからな。うちじゃ立派な犯罪なんだよ」
残念ながら、権力者が拉致すると罪に問われないことのほうが多いのだが。
「俺の人となりを見てからどうするか決めろよ。俺が彼女やほかの人になにかしそうになったら実力行使すればいい。見張ってるんだから簡単だろ」
ジーンは反論してこなかったが、その代わり、気に入らないとばかりに小さく鼻を鳴らした。
「向こうの世界の人間にしては、筋の通った反論をするんだな」
「これが役に立ったことはないけどね」
むしろ、いつもそれが原因で相手を怒らせてばかりだ。
「いいだろう。その代わり部屋以外の監視は続けさせてもらうぞ」
「わかったよ」
自分たちの世界がひどいのは事実だったし、彼らが警戒する気持ちは理解できたので、シュンは頷いた。それに、自分のような力を持たない人間が、法律や常識を振りかざしたところでおそらく勝ち目はない。一瞬でひねられて終わりだ。
なるべく大人しくしておこう。シュンはそう心に決めた。
「力のことなら大丈夫よ。瞬はこちらの世界のものを食べたし、ある程度力を使えるようになるわ」
メグがのんびりした口調で言った。シュンとジーンが険悪な雰囲気で話をしていても、彼女はまるで動じる様子がなかった。
ジーンが渋い顔になる。
「原理的にはそうだが……向こうで成人した人間にはまず無理だろう。子供ならまだしもな」
「それはやってみなければわからないわ」
ジーンはしばらく考え込んでいるようだったが、ふいにシュンのほうをじっと見た。
なんだか嫌な予感がする。残念ながら、シュンの予感は当たってしまった。
直後、なにかの青い大群がすさまじい勢いでシュンの身体を襲った。シュンはとっさに腕で顔を庇ったが、あっという間にその大群に呑み込まれた。
(なんだよこれ!)
なんの説明もなくいきなりこんなことをするなんて、あの男はいったいなにを考えているのだろう。
(自分でどうにかしてみろってことか?)
だがどうすればいい?
力を使うといったって、どうすれば使えるようになるのかわからないのに。
(信じるの、自分が力を使えるって)
脳裏でメグの声がよみがえる。
今の切羽詰まった状況では、それしか選択肢がない。しかし生き物なら殺すのはかわいそうだ。シュンは青い奔流のなかに手を突っこんで、その物体を捕まえてみた。
(なんだこれ)
捕まえてみてシュンは拍子抜けした。生き物だとばかり思っていたそれは、蝶の形こそしていたが、すべて紙でできているようだった。
(やるなら本気でやらないと)
(……やってやるさ)
メグに心の中で言い返してから、シュンは瞼を閉じた。
ここでなにもせず、みっともなく降参するのはごめんだ。
刹那、乾いた破裂音が辺りに響き渡った。青い蝶の大群は粉々になって飛散し、辺り一面には大量の青い紙吹雪が舞い散った。
紙吹雪が風に舞う中、シュンは自分のしたことが信じられず、呆然とつぶやいた。
「……今の、俺がやったの?」
メグは、驚いているジーンのほうをちらりと見てから、シュンに微笑みかけた。
「……ほらね」
