第24話 嫉妬

〝難しすぎる!〟
〝ほかの子たちとは仲良くなれたし、帰りたくないって言ってくれたけど、この子は約束の期限になる前に帰っちゃうんだよね。作者はなんでこんな子を作ったんだろ〟
〝ほんと意地悪だよ。何回挑戦してもうまくいかないから、時間を忘れて課金しちゃう〟
(意地悪、か)
 シュンは思わず口元を上げ、ブラウザーの画面をスクロールさせた。
(課金しなくてもクリアできるのにな)
 課金して契約期間を延長しても、上がるのは成功率だけ。課金したからといって必ずしも懐くわけじゃない。そういうふうに設計した。
「瞬、まだ仕事してるの?」
 近寄ってきたのはメグだった。
「みんなの感想を見てるんだ」
「そう。わたしはもう寝るけど、遅くまでやりすぎないでね」
「うん。ありがとう」
その時、携帯電話の通知音がして、メグが羽織っていたパーカーのポケットから携帯電話を取りだした。
「まだ続いてるの?」
 シュンが呆れ気味に言うと、メグが得意げに携帯電話の画面をシュンに見せた。
「ええ、もちろん。ちゃんとお世話してるもの」
 それはさっきコメント欄で、難しすぎると言われていたキャラクターだった。
 シュンが取材の対応やプログラムの更新に追われているあいだ、メグはシュンの作ったゲームで時間を潰してくれていたのだが、彼女は平均的なプレイヤーなら期限いっぱいの三か月かかるところを、たった一か月で懐かせてしまったのだ。
 期限内にキャラクターを懐かせることができれば、嫌われないかぎりずっと一緒にいられる。期限を伸ばしたければ、課金しなければならない。そういうルールにした。
 それで課金してくれるユーザーは、シュンが考えていたよりずっと多かった。収益が増えるのは嬉しかったが、シュンは少し複雑だった。
 ゲームのキャラクターには時間も金も惜しまないのに、なぜ自分や大切な人には出し惜しむのだろう。その時間を削って働いて、せっかく稼いだお金をつぎこむなんて、どう考えてもおかしい。現実のつらさを紛らわすためにお金を使うより、そんな現状を変えるために使えばいいのに――。
(でも結局俺は、そういう人がたくさんいるから儲けられるわけで……)
 だからこの国の政治家や財界人たちは、自分たちにいろいろなことに疑問を持たない、従順な人間でいてほしいと思っているのかもしれない。
 その時、メグが小さく笑い声を上げたので、シュンは現実に引き戻された。
 メグが楽しそうに画面を触っている姿を見ていると、突然シュンは不機嫌な気分に襲われるのを感じた。最近は仕事が忙しくて、彼女にかまわなかったから、彼女がひとりで暇を潰してくれていることには感謝していた。
 しかし、なぜか今はそのことがものすごく気に入らない。
 自分はメグに好きに触れないのに。
 不機嫌さが極限に達したとき、シュンはメグの手から携帯電話を奪い取っていた。
「あ、返して、瞬」
「だめ」
「どうして?」
「……俺とそいつとどっちが大事なの?」
 言ってしまってから、シュンはしまったと思った。
「……いや、なんでもない、忘れて」
 シュンは取り繕うように言ったが、メグはそんな自分を見てくすくす笑っていた。
「……なんで笑うんだよ」
「だって、妬いてくれてるんだと思って」
「っ、そんなわけ――」
「でもあなただって、いつもわたしより仕事優先でしょ?」
 メグに切り返され、シュンは言葉に詰まった。
「それは……だって」
「だって?」
 君に触りたいけど、触ったら夢中になってしまうから。
 仕事より、君に溺れたくないんだ。
 そんなこと、絶対に言えない。
 シュンは奪った携帯電話をメグに差しだした。
「……勝手に取ってごめん」
 彼女はここ以外に居場所がない。娯楽は必要だ。
 自分には仕事があるし、いつでもかまえるわけではない。
 自分が作ったキャラクターに嫉妬するなんて、どうかしてる。
 しかし、メグは差し出された携帯電話を受け取らなかった。
「あなたも見てみて。とってもいい子だから」
 メグはそう言うと、なにも言えずにいるシュンを置いて自室の扉を開き、振り返って微笑んだ。
「おやすみなさい」

 メグが自室に消えたあと、シュンはため息をついて椅子に坐った。
 画面の中で動いているキャラクターを睨む。
「……なんで俺はおまえに嫉妬してるんだよ」
 メグのアドバイスで、ほかのキャラクターは素直で裏表のない性格に変更したが、このキャラクターだけは前のままにしてあった。
 気難しくて、たまにしか素直にならない。言動も謎めいている。
 そんな面倒な性格に作ったのに、メグが楽しんで世話をするとは思わなかった。
 画面をタップすると、つんとそっぽを向いてしまったので、シュンはむっとした。
「……俺が触ったら嫌なのかよ」
 彼女はいい子だと言っていたのに。
(一応創造主だぞ、俺は)
 自分の文句が筋違いだということはわかっていたが、そう思わずにはいられなかった。
 努力して懐かせないと、好きになってもらえない。これはそういうゲームだ。
 世話をしない親に、子供が懐かないのと同じ理屈で。
 彼の場合は、いきなり触っても嫌がるようにプログラムを組んだ。だからプログラム通りに反応を返しただけだ。なのに、どうして自分はこんなにもやもやしているのだろう。気に入らないと思ってしまうのだろう。
「……ほんとは、俺だっておまえみたいに」
(おまえみたいに、)
 言葉の続きが出てこず、シュンは顔をしかめた。
 自分の望んでいること。求めているもの。
 それを自分は実現したはずなのに。
 わからない。シュンは寝台に倒れ込んだ。
 自分の作ったキャラクターに嫉妬するなんて、大人気ないにもほどがある。
(やっぱり、俺みたいなやつはだれかと本気でつき合っちゃだめなんだ)
 きっと彼女を傷つけてしまう。
 嫉妬するくらいならいっそのこと、自分のことだけ見ていてほしいと、はっきりそう言えばいいのだろうか。
(……できない、そんなこと)
 なぜ? だって、メグにそういうことを言われたことは一度もない。
 最初に好きだと言ったのは彼女のほうなのに、なぜ自分がそんなことを頼まなければならない?
 そもそも、そんな権利は自分にはない。恋愛より、経済的な自立が優先。そう決めたのだ。
 でも、それを達成してしまったあとはどうすればいい?
 勉強は自分を裏切らない。機械もプログラムもそうだ。
 でも人の気持ちは違う。そんな不確かなことで夢中になって溺れたくない。
 溺れたく、ない。
 その夜、シュンはなかなか寝つけなかった。

 翌朝、シュンがメグに携帯電話を返すと、メグは受け取ったが、すぐに服のポケットに入れてしまった。
「あなたが気に入らないなら、もう一緒にいるのはやめるわ」
「え……?」
 思ってもみなかった言葉に、シュンは戸惑った。
「でも、それじゃ退屈なんじゃ」
「そんなことないわ。そろそろ春になるし、ベランダでいろいろ野菜を育ててみようと思うの。そうすれば今より食費も浮くでしょう? 料理は苦手だけど、育てるのは得意だから大丈夫よ。向こうでもやってたから」
「それはいいけど……」
 その時、インターホンのチャイムが鳴って、シュンははっとした。
 メグがインターホンに駆け寄る。
「待って、メグ」
 シュンは慌てて呼びとめたが、メグはすでに通話ボタンを押したあとだった。
「はーい、ご苦労さまです……」
「だめ、俺が出る」
 シュンはメグを制すと、ペンを片手に玄関に向かった。
 宅配業者から荷物を受け取り、シュンはリビングに戻った。抱えていた段ボール箱を自分の寝台に置いて、ほっと息を吐く。
「もう、君は出なくていいっていつも言ってるのに……」
 シュンは非難交じりにメグを見ながら言ったが、メグは肩をすくめただけだった。
「どうして? いちいちわたしのことなんて、向こうは覚えてないわよ」
「だって君は、不法滞在者なわけで……住民登録してないし、税金払ってないし。だれかに見られたら」
「それは別の国から来た人の話でしょ? わたしはそもそも世界が違うんだから関係ないわ」
「いや、そういう問題じゃ……」
「大丈夫よ。だれかが調べに来ても透明になれるし、住んでる痕跡なら全部消せるわ」
 確かに彼女が相手では、どんなに役所の人間が頑張っても、ここに住んでいることを証明するのは難しいかもしれない。
「でも……」
 シュンの歯切れの悪さが気に入らなかったのか、メグが唇を尖らせ、両手を腰に当てる。
「じゃあ、どういう問題なの?」
「それは……」
 彼女はいつでも向こうに帰れるから、先のことを心配したことはなかった。
 だが、いったいいつまでこの生活を続ける?
 彼女が帰ると言うまで。ゲームならそうだ。でも現実は?
 彼女を抱きしめていたあの時、今ある幸せを大事にしなければと思った。
 でも……。
 一緒に暮らしていても、彼女とはできるだけ深い仲にならないようにしてきた。
 経済的に自立することが、自分にとっての最優先目標だったから。
 しかしそれを達成しても、彼女との距離を縮めることに躊躇する自分がいた。
 なぜ? 彼女が異世界人だから?
 母や周りの人間に、恋人だと胸を張って紹介できないから?
 この状態が普通じゃないから?
 わからない。
 だいたい、自分たちは恋人と言っても、最後までしていない。身体に触ったのだってあの一回だけだ。
(……抱きたいとは思っているくせに)
 でもそれを実現するために、愛してるだの好きだの、そんな言葉を軽々しく口にして性交渉に持ちこむのはもっと最低だ。
 母は不実な男と結婚したせいで苦労した。自分はそんなクズにはならない。
「……メグ」
「なあに?」
「ここに来てもうすぐ一年になるし……一度向こうに帰らなくていいのか? こっちに来るのはもともと禁止されてるんだろ?」
「何度も言われてるわ。でも全部無視した」
「どうして……」
 メグがシュンを見つめる。
「瞬は、わたしのことが好き?」
「好きだけど……」
 シュンはそう言いながらも、内心では自信がなかった。
(俺は、本当に彼女のことが好きなのか?)
 仕事のことは四六時中考えているが、彼女のことで頭がいっぱいになったことはない。金銭に余裕ができてからは、彼女にはいろいろプレゼントしたし、日帰りで旅行にも行った。喜んでいる彼女を見ると嬉しかった。
 でも――絶対に必要かと言われればそうではない。
 そう思わないようにしてきた。
「これからもずっと、わたしと一緒にいてくれる?」
「それは……」
 ゲームでも、シュンはキャラクターにそう言わせた。
 けれど、ゲームと現実ではその意味合いが違う。
 自分たちがずっと一緒にいるということは、彼女を伴侶パートナーにするということだ。
 これから先もずっと彼女と一緒に人生を過ごす。
 そんなことは一度も真剣に考えたことがなかった。
 いつか彼女は自分に飽きて、向こうに帰る日が来る。そう思っていた。
「瞬。もし、あなたがこっちの世界に来る資格があったとしたら、どうする?」
メグの囁くような声音に、自然とシュンも同じように返していた。
「……それ、どういう意味?」
「わたしの部屋に来てくれる?」
 言われて、シュンは躊躇した。
 メグの部屋に入ったのは、家具を搬入する際に立ち会ったときだけだった。
 それからはずっと、彼女の部屋に入ることを避けてきた。そうしないと、彼女を自分のものにしてしまいたいという衝動に負けてしまいそうだったから。
「……そこで話すわ。なにもかも」