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第105話 帰還

 それから日々は瞬く間に過ぎた。 旅行から帰るときのように荷造りする必要がないので、リートは気楽なものだった。 帰る前日に、エミリアがルイスとミヒャエルを呼んで、また四人で話す機会を作ってくれた。 リートはそれが嬉しかった。 いつものように…

第104話 わからなくても

 次の日の朝、リートはじっと壁時計を見つめていた。 彼は時間ぴったりに来るはずだ。 秒針がリヒタール数字の十二を指したのと同時に、ノックの音がした。 リートは立ち上がって自ら扉を開けた。 そこに立っている人物に、リートはほっとして笑いかけた…

第103話 再び庁舎で

「だから僕は、劇作家が死んだあとで舞台化したときに、作曲家が貴族たちの意向を受けて脚本を修正したんだと思うんだよ。だからだんだんエヴェリーンの神格化が進んで、最後ユストゥスが死んじゃう展開になったんだ」 そう締めくくってから、リートは顔を上…

第102話 存在の証明

 リートは廊下を歩きながら、自分たちの縁はなかなか切れないらしいと、後ろを歩くヴェルナーをちらりと見てから思った。 近衛騎士に大量に欠員が出てしまったせいで、警護にはまたヴェルナーが来てくれていた。 ヴェルナーは、ソリンに関する最新の情報を…

第101話 ルイスの答え

 彼女に言わなければならないことがある。 剣を振りながら、ルイスはそう思った。 だがいざとなると、口にすることをためらっている自分がいた。 今までなにかを先延ばしにしたことはなかった。しかし、どうしてもそうする勇気が持てなかった。 近衛騎士…

第100話 ユストゥスとエヴェリーン

「結局、君の言うとおりになったね。まさかベギールデがほかの近衛騎士まで取り込んでいたとは思わなかったが」 執務室の椅子に腰掛けたマティアスはそう言ってから、傍らに立っている白い法ほう衣え姿すがたのメルヒオルに視線を向けた。「でも、今回ばかり…

第99話 それはまるで奇跡のように

 なにも見えない。完全な暗闇だ。 光がないせいで、自分の姿すら見えない。(戻れなかったのかな) リートはそう思った。 自分は失敗したのだろうか。 ならば、なぜまだ意識があるのだろう。 それとも、これから徐々に消えていくのだろうか。(あれは)…

第98話 選択

「……これがわたしの記憶のすべて」 リートは瞼を開けた。 自分の隣を見てリートは驚いた。そこにはユーリエがいた。 どうやらユーリエも同じものを見せられていたらしい。「どうすればいいの? どうすれば、彼を止められる?」 リートがそう訊ねると、…

第97話 エヴェリーンの過去(3)

 騎士たちが去り、その場にはユストゥスとエヴェリーンだけが残された。「……本当に行くのか? これはアウグストと貴族の自業自得だ」 ユストゥスが硬い表情で言うと、エヴェリーンが目を伏せた。「わかっているわ。でもわたしはこれ以上彼に……エルフリ…

第96話 エヴェリーンの過去(2)

 また場面が変わった。 人々が逃げ惑っている。 黒ずくめの装束に白い仮面。リヒト原理主義者だ。「リヒトに自由を!」「リヒトを解放せよ!」「エヴェリーン様をお救いするのだ!」 自分の命も省みず、捨て身で突撃を繰り返す原理主義者に、武装したソリ…

第95話 エヴェリーンの過去(1)

 リートは目を開けた。 そこは会議室のような場所だった。 ハインリヒが着ていたような、黒い宮廷服を着た男たちが等間隔に席に坐っている。 これはエヴェリーンの記憶だ。自分の姿はだれにも見えていないのだろうとリートは思った。閣僚の一人が立ち上が…

第94話 リヒトの理(ことわり)

 エルフリードは坐ったまま、指揮するような仕草ですいっと手を動かした。 まるで見えない糸で操っているかのように、短剣が勝手に浮き上がり、ミヒャエルの身体を何度も刺し貫く。 声にならない悲鳴がミヒャエルの口から漏れる。 ミヒャエルは頭の片隅で…