Story
零細ゲーム企業で働く青年、時任瞬(24)は、 ふとした出来心で会社をサボったある雨の日の朝、傘も差さず、アパートの駐車場に坐り込んでいる自分と同じ年頃の女性に出会う。
ずぶ濡れの女性を放っておけず、瞬は自分の部屋に連れていって雨宿りさせるのだが、彼女は自分たちとは異なる世界に住む人間だった。瞬は戸惑いつつも、半日だけ街を案内して女性と別れるが、その二週間後、会社の洗面所にある鏡から異世界に拉致されてしまい……?
※読む前の注意
・差別的な表現や、直接的な性描写のある箇所があります。読む際は自己責任でお願いします。
第1話 憂鬱な朝
ずっと、同じ毎日を繰り返している。 最近シュンはそう思うようになっていた。 一回目でも二回目でもなく、三回目の携帯電話のアラームを止め、シュンは布団の中でまた固く瞼を閉じた。 ――会社に行きたくない。 会社勤めの人間ならだれでも一度は思う…
第2話 彼女の正体
濡れた髪と服をタオルで拭きながら、シュンは部屋の中でため息をついた。(ずぶ濡れの女の子がいたら、俺は家に上げるのかよ……) 我ながら現金すぎるし、チョロすぎる。 とりあえずシュンは女性を浴室に放り込み、シャワーを浴びさせた。(違う。濡れて…
第3話 雨上がりの街で
歩きながら、シュンはため息をつきたい気分だった。(女の人に街を案内するって、あの有名な映画じゃあるまいし) とある国の王女が公務で訪れた滞在先を抜けだし、お忍びで街を散策して、案内してくれた男性と恋に落ちる。そんな一日を描いたロマンス映画…
第4話 シュンの職場
次の日、シュンは珍しく一度目のアラームで起床し、業務開始時刻までに余裕をもって出社した。 自分以外はだれも乗っていないエレベーターの中で、シュンは首にかけた社員証を手にとり、そこに映った自分の姿に思わず苦笑した。(……相変わらず、嫌そうな顔…
第5話 拉致
(……やっぱり最悪だ、この会社) ふらついた足取りで廊下を歩きながら、シュンはそう思った。 なんとか期限には間に合ったものの、出来は最低だった。 プレゼンから帰った社長が全員を集め、クライアントがいたく喜んでいたことを報告していたが、シュン…
第6話 再会
男がいなくなった部屋の中で、シュンは椅子から立ちあがり(もう拘束は解けていた)、憤慨しながら辺りを歩きまわった。「なんなんだよあいつ。言いたいことだけ言いやがって……なにが自由・平等・博愛だよ。ただの冷血漢だろ」 吐き捨てるように言ったあ…
第7話 ピクニック
扉を開けた先には、鮮やかな緑色の芝生が一面に広がっていた。実際にその上を歩かなくても匂いでわかる。人工芝ではなく、すべて天然の芝だ。 シュンたちの立っているすぐ近くには小川が流れていて、向こうには花畑や森が広がっている。ビルや工場の類はど…
第8話 信じること
「君はこっちでなにをしてるんだ?」「建物のデザインをしてるの。自分で考えることもあるし、だれかが設計したものをわたしが力を使って具現化することもあるわ。わたしは細かいことに力を使うのが苦手で、大きいものしか作れないから」 そこでメグが両腕を…
第9話 博愛主義
それからシュンは毎日メグと会って、力の使い方を教えてもらった。メグに会う以外の自由はなかったが、もともと人づき合いは苦手だし、休みの日も部屋に引きこもっていることがほとんどだったので、シュンはたいして気にならなかった。 時間のほとんどは力…
第10話 夢とひらめき
熱い。 そう思いながら、シュンは一糸纏わぬ姿のメグに口づけていた。揺れる胸を寄せながら、メグが細くくびれた腰をシュンの昂りに擦りつけ、開いた脚をシュンの腰に回す。 ああ、すごくいい。 心地よい陶とう酔すい感が頭を支配して、なにも考えられな…
第11話 シュンの夢
「帰りたい?」 そうメグに訊きかれたのは、力を使う練習をしてから、彼女の出した昼食を食べていたときだった。「帰っていいの?」「あなたがそれを望むなら」「でも、また雨が降りだしたら?」「大丈夫よ。じゅうぶんすぎるくらい一緒に遊んでもらったから…
第12話 ホーム?シック
帰ってきた翌日、シュンは久々に出社したが、一日サボったときと同じように、社員たちは挨拶を返す以外はなにも反応を示さなかった。 ジーンの作った分身は、自分が不在のあいだ、つつがなく仕事をしていたらしい。 タイムカードの記録もきちんと残ってい…
第13話 この世界のルール
外で食事をしていると、シュンはたまに違和感を覚えることがあった。 気を抜けば、自分はいつこういう世界から転がり落ちても不思議じゃない。 なぜか、そんなふうに思ってしまう。 こ・う・い・う・世・界・。それは、携帯電話のアプリでだれかと連絡を…
第14話 契機
シュンはぼーっとしていた。 会議室では、同僚たちが筆記用具を準備したり、隣近所で談笑したりしていたが、シュンは持ってきたタブレット型端末の電源も入れず、ぼんやりと机の前に坐っていた。 集中しなければならないことはわかっていたが、どうにも身…
第15話 図書館で
やはり、現実は甘くなかった。 審査に通ってゲームアプリが配信されても、反応はまるで芳かんばしくなかった。(ま、最初からうまくいくなんて思ってなかったけど) そう強がってはみたものの、なにも反応がないのはつらかった。 これではフィードバック…
第16話 葛藤(1)
シュンは夢の中で、自分が作ったゲームのキャラクターになっていた。 (やめてくれ。俺はだれとも一緒にいる気はないんだ) そう叫びたいのに、かまってくるプレイヤーには届かない。 どんなに手懐けようとしても無駄だ。 だって俺は、 シュンははっと…
第17話 葛藤(2)
そこには、昨日会った男が立っていた。服は違うが、またしても着古した服で、靴は前と同じだった。「身の丈に合うところから始めたね、青年。感心感心」 シュンは胡乱げに微笑んでいる男を見つめた。(……何者なんだよ、この人) 服はくたびれているが、…
第18話 フライング
それからというもの、シュンの読書量は一気に増えた。 特に関心を持ったのは、歴史学や社会学だった。それでシュンは、この社会を息苦しいと感じているのが自分だけではなかったのだとわかって安心した。この国のシステムにはいろいろな問題や欠陥があって…
第19話 デートしてみる(1)
「それが好きなの?」「うん」 ケースからディスクを出して、再生機にセットしながらシュンは頷いた。円盤は高いから極力買わないようにしているが、これは働きはじめてからすぐに買ったのだ。「瞬はどうして映画が好きなの?」「好きというか……母さんが家…
第20話 デートしてみる(2)
シュンたちが歩いている大通りは、駅に向かう人間たちで混雑していた。 歩道の右側には等間隔で街路樹が並び、左側には高層ビルが並んでいる。 メグは歩きながら、興味深げに周囲を観察していた。「人がいっぱい。今日はお祭りでもあるの? いろいろ配っ…
第21話 君の好きなところ
「……だめだ。全然売れない」 シュンは公園のベンチでがっくりと肩を落とした。 何度か改良しても、SNSで宣伝しても、ゲームのダウンロード数はまったく増えなかった。「デートだって、最近は君とこうやって鯛焼き食べてるだけだし」 そう言いながら、…
第22話 半年後(1)
砂時計の砂が落ちきったのを確認してから、シュンはティーポットから紅茶をカップに注いだ。「メグ、できたよ」 シュンが茶器の載った盆をテーブルに置いてから声をかけると、リビングで携帯電話をいじっていたメグが嬉しそうにソファから立ちあがった。 …
第23話 半年後(2)
会計を済ませて店の外に出たとき、メグがいいことを思いついたという表情でシュンを見た。「そうだ、どこかでお菓子を買って、家でお祝いしましょう」「え、いいよ、そんなの。さっきデザート食べたし」「わたしがそうしたいの」 メグがどうしてもと言って…
第24話 嫉妬
〝難しすぎる!〟〝ほかの子たちとは仲良くなれたし、帰りたくないって言ってくれたけど、この子は約束の期限になる前に帰っちゃうんだよね。作者はなんでこんな子を作ったんだろ〟〝ほんと意地悪だよ。何回挑戦してもうまくいかないから、時間を忘れて課金し…
第25話 シュンの秘密
メグの部屋に入ると、シュンは落ち着かない気分で床に敷いてあるクッションに坐りながら言った。「それでさっきの、どういう意味? 俺に向こうに行く資格があるって」「あなたには資格があったのに、こちらの都合で招待されなかったの」「都合って……間違…
第26話 拒絶
(お願い、瞬) 裸のメグがシュンに囁く。(でも、俺は……) できない。 だって俺は、君を愛していないから。 シュンは瞼を開けた。 眠っていたのか判然としないまま、気づけば朝になっていた。 夢なのか妄想なのかもわからない。 けれど、そんな淫ら…
第27話 再び図書館で
どうすればいい? シュンは何度めになるかわからないため息をついた。 シュンは久しぶりに図書館に来ていた。メグと顔を合わせるのが気詰まりで、ひとりで外に出かけたのだ。 あの日からずっと、シュンはまともにメグと口を利いていなかった。 自分がリ…
第28話 別れ
「ただいま……」「おかえりなさい」 返事が返ってくるとは思わず、シュンは驚いて声のしたほうを見た。 メグはキッチンで洗い物をしているところだった。「なにか食べた?」 メグの顔は見ずに、シュンはそれだけ訊きいた。 本当は鯛焼きでも買って帰ろう…
第29話 君のいない日々(1)
シュンは、時折マグカップに淹れた紅茶を飲みながら、無心でキーボードを叩き続けていた。メグがいなくなったあとの時間の流れは、シュンには恐ろしいほどゆっくりに感じられた。しかしほかにやることもないので、シュンは仕事に没頭して一日を過ごしていた…
第30話 君のいない日々(2)
シュンはぼんやりと電車に揺られていた。 しかも、わざわざ販売機で切符を買って。 自分でもなにもやっているんだろうと思ったが、止められなかった。 記憶が消えるまで猶予が二週間もあるのに、ただじっと待っているだけなんて耐えられない。あの時さっ…
第31話 シュンと鯛焼き
次の日の朝、シュンは前に住んでいたアパートの前に来ていた。(……なにやってんだろうな、俺は) 未練がましい。そう思ってもやめられなかった。 部屋にメグの持ち物はなにも残っていないし、シュンの携帯の中には、メグの写真が一枚も保存されていなか…
第32話 Fall in love
めぐりは、ジーンと一緒に庁舎の渡り廊下を歩いていた。 歩きながら、ジーンが硬い表情でめぐりを見やる。「本当にこれでいいのか?」 めぐりは小さく微笑んだ。「いいのよ、ジーン。わたしは罰を受けなきゃいけないの。それだけのことをしたんだから。あ…
第33話 メグの物語(1)
わたしはあなたのためになにもできない。 愛してくれないことよりも、それが一番、つらい。「婚約おめでとう、メグ」「……ありがとう」 メグは目の前に坐っている友人に、控えめに微笑んだ。 友人の家の庭に設けられた日除け付きのテーブルで、二人はお…
第34話 メグの物語(2)
「あなたの夢はなに?」 あるとき、めぐりがそう訊ねると、瞬の瞳が翳かげった。「……ないよ、そんなの。だいたい、夢を持てるのも叶えられるのも、ほんの一握りの人間だけだから」「どうして?」「俺の国ではそういうことになってるんだ」「今は違う世界に…
第35話 メグの物語(3)
……そう、思ったのに。(なにをやってるのかしら、わたし) めぐりは透明な姿でレストランのテーブルの下に潜り込み、瞬と舞花の会話を聞いていた。 どうせ別れるなら、自分がいないところで瞬がなにをしていたのか知ってからにしようと思ったのだ。(こ…
第36話 決意
いつのまにか薬や缶かんの湯が沸いて、蓋がカラカラと音を立てていた。 あふれる涙を乱暴に拭ってからシュンは言った。「……俺はどれだけ頑固なんだよ。何回リプレイしても落ちないって……乙女ゲームならみんな怒ってすぐに配信停止だろ」 そうだ。自分…
第37話 君の望みを
(……で、また軟禁状態か) 初めてこちらに連れてこられたときと同じように、シュンは寝台を出現させてその上に寝転がっていた。(これからどうなるんだろ、俺) あの案は、神話の本を読んだときに知ったのだが、まさか自分が提案する側になるとは思わなか…
第38話 新たな契約
次の日も、シュンはずっとメグと一緒に過ごした。昼は前にやっていたように力を使ってゲームをして、飽きたらまたお互いの身体に触れて愛し合った。 彼女に気持ちを伝えるには、何度抱いても愛し足りない。そう思った。行為が終わったあとは、昔の話をいろ…
最終話 ∞
扉を叩く音がして、男は茶器を用意する手を止め、玄関に向かった。 扉を開け、目の前に立っている人物に微笑みかける。「そろそろ来る頃だと思っていたんだ」 男の視線の先に立っていたのは、ジーンだった。「今回の仕事も無事完了、かな」 出された紅茶…
おもな登場人物
時任瞬(シュン)……普通のサラリーマンになれない青年。社会に馴染めずにいる。
メグ……異世界人。強大な力を有している。
ジーン……異世界人。管理者と呼ばれる役職に就いている。
宮下舞花……瞬の会社の先輩。
